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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1553号 判決 1960年6月30日

控訴人 碓井正男

被控訴人 鈴木達吉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は被控訴代理人において、被控訴人は所有権に基いて本件家屋収去、土地明渡を求めるものであると述べ、新たな証拠として被控訴代理人において当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第四号証乃至第十五号証の成立を認めると述べ、控訴代理人において乙第四号証乃至第十五号証を提出し、当審証人碓井昌敏の証言、当審における控訴人本人尋問の結果を夫々援用した外原判決事実摘示と同一(但し被控訴代理人は当審において甲第一、二号証は写を以て提出し、控訴代理人は甲第一、二号証の原本の存在並成立を認めると述べた)であるからこゝにこれを引用する。

理由

原判決末尾添付別紙目録記載の宅地一九六、五八坪(以下本件宅地と略称する。)が被控訴人の所有であること、控訴人が本件宅地の一部である本件土地の上に原判決末尾添付別紙目録記載(一)(二)(三)の建物(以下本件建物と略称する)を所有して右土地を占有していることはいづれも当事者間に争がない。そこで控訴人は本件土地を占有する権原があるかどうかを考えてみる。昭和二十三年六月三日甲府簡易裁判所において被控訴人(調停申立人)と控訴人(相手方)との間に本件土地に関して被控訴人主張のような内容の調停(以下本件調停と略称する。この調停の条項は全部で五項より成つているが、その第一項には控訴人は被控訴人に対し本件宅地の一部である本件土地(七十九坪)を昭和二十一年四月から引続き昭和三十年七月末日迄賃貸する事とあり、その第二項には賃料は一ケ月二百五十円に定め毎月末日限り申立人(被控訴人)方に持参支払うこと、但賃料は二ケ年毎に協定の上更新する事を得、とある。)が成立した事実は当事者間に争がない。而して控訴人は右調停条項第一、二項は右調停成立の日被控人と控訴訴人との間に本件土地につき建物所有を目的とする新たな賃貸借契約を締結したものであつて、調停により賃貸借が成立した場合にも借地法の適用があるから右賃貸借の期間は調停成立の時から三十年間ということになりなお控訴人は調停に際し調停主任官から三十年の間は本件土地を使える趣旨であると聞かされて右調停に応じたものである。従つて本件土地については控訴人の右賃借権が存続中であるから被控訴人の本訴請求を沮む権利があると主張し、被控訴人は右調停条項により本件土地の明渡猶予期間を定めたものにすぎないとして右控訴人の主張を争い、この点が本件の主要の争点となつているから仔細に検討する。

調停の内容を解釈するに当つては調停条項を記載した文言の解釈に重きを置かねばならぬことは勿論であるが、それと共に調停成立前における当事者の権利関係、調停成立の動機、目的を参酌して当事者の効果意思を客観的に探求した上、その調停の本旨を究めなければならない。

原審証人鈴木静の証言、原審並に当審証人碓井昌敏の各証言(但し後記措信しない部分を除く)被控訴人本人の原審並に当審における各尋問の結果、控訴人本人の原審並に当審における各尋問の結果、(後記措信しない部分を除く)と成立に争いのない甲第一号証、同第三号証の一、二、同第四、五号証、乙四号証、当審における控訴人本人尋問の結果真正に成立したものと認める乙第五号証の各記載並びに原審検証の結果を綜合すれば、被控訴人は昭和二十年以前から本件宅地に家屋を所有して控訴人ほか数名の者に賃貸していたが、空襲のため家屋は全部焼失した。

ところが昭和二十年秋頃から、当時山梨県下石和町に疎開していた被控訴人の不知の間に、控訴人だけが本件宅地に復帰して従前控訴人の住んでいた家屋のあつた本件宅地の一部の上にバラツクを建てゝ居住し、やがてそこで自動車修理業を始め、自動車置場として本件宅地の右以外の部分をも使用するに至つたので、これを知つた被控訴人は控訴人と折衝の結果、本件宅地の一部に限つて使用を許したが、その後控訴人は自動車修理業の拡張に伴い、右の範囲を越えた場所に本建築をするような形勢を示し、一方被控訴人としては昭和二十一年頃から本件土地を含む本件宅地上に自己の住宅を建築する計画を進め、関係官庁の許可申請手続も終り、建築にとりかゝるため控訴人に対し本件土地から退去され度き旨申入れたが控訴人がこれに応じないため両者間に紛争を生じ、被控訴人から本件調停の申立をするに至つた事実を認めることができる。(証人碓井昌敏の原審並に当審証言及び控訴人本人の原審並に当審における供述中本件宅地全部につき調停前賃貸借が成立していた、との証言並に供述は当裁判所の措信しないところである。)そこで原審証人植杉大次郎、同佐野藤吉の各証言、原審並に当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合し、これに右調停申立に至つた経緯を参酌して考えると、甲府簡易裁判所の調停期日において被控訴人は自己の住宅を建築する必要上控訴人の使用している本件宅地全部の明渡しを強く要求したところ、控訴人は戦災前の本件土地上の家屋居住者であることを理由に立退きを拒み妥協は困難であつたが結局調停委員会は控訴人に対し本件宅地の内本件土地の部分のみを引続き賃借することとし、その期間を一応十年間とするが、その間に誠意をもつて交渉すれば相手方の同意も得られるであろうから十年の期間経過後、必しも直ちに明渡すようなことにはならないであろうという趣旨を強調して説得し、被控訴人に対しては罹災都市借地借家臨時処理法の規定する十年の期間ということもあるのだから十年間は控訴人に使用させることを辛棒し、その間十分話合をして十年経つたら円満に明渡してもらうよう勧告した結果、冒頭認定したような五項からなる調停が成立したこと(そしてその故に調停条項として期間後の明渡又は更新の問題にふれることを避けた事情)が認められる。(前記植杉、佐野両証人の証言に照らし当時調停主任が控訴人に云い聞かせたという言葉、従つて乙第三号証の記載の趣旨もまた右認定の趣旨を出でないものと認めるのが相当である。)控訴人の原審並に当審における供述、当審における証人碓井冒敏の証言中右認定に反する部分はいずれも当裁判所の措信しないところであり、他にこの認定を覆えすに足る証拠はない。

叙上認定し来つた事実に立脚して本件調停の本旨を考えて見ると、右調停条項第一項は本件土地についての賃貸借契約は昭和三十年七月末日までに当事者間の話合いによる何等かの打開の道の講ぜられない限り同日をもつて契約を終了せしめ、控訴人は被控訴人に対し同日限り本件土地をその地上にある本件建物を収去して明渡すことの趣旨のもとに規定されたものといわなければならない。そしてもしこの賃借期間が借地法第十一条の規定により当然に調停の日から三十年になるものとすれば本件調停は成立しなかつたか又は成立しても要素の錯誤による無効の問題を招来しかねない事情にあつたことは前記認定の事実から十分に窺われるのであつて、この結果は当事者双方の全く予期しないところであるばかりでなく、却つて控訴人の不利益ともなるのであるから、借地法が借地人を保護しようとする精神から考えて本件賃貸借は借地法第十一条の適用を見る場合に該当しないものと解するのが相当である。(最高裁判所昭和二十四年(オ)第二七一号昭和二十八年五月七日第一小法延言渡判決の精神参照)

果して然らば本件土地についての被控訴人と控訴人間の賃貸借契約は昭和三十年七月末日の経過により終了したものというべく爾後本件土地を占有するにつき被控訴人に対抗しうる正当な権原のあることは前記の外控訴人の主張しないところである。よつて被控訴人の本件土地所有権に基く本訴請求は正当として認容すべくその理由の一部に於て当審の説示と趣を異にするとしても結局被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当で本件控訴は理由がない。

仍て民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 梶村敏樹 岡崎隆 堀田繁勝)

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